2026年1月22日木曜日

浅草橋part2

私の当時の家財道具は14型テレビ、冷蔵庫、布団、小さい食器棚

ガスコンロ、片手鍋、炊飯機ぐらいだったような、、、

銭湯代は270円だったような、、、

上京して初めて夜は一睡もできなかったことを覚えています!

気持ちが高ぶっていたわけではなく、高架下いわゆる私の頭上には

総武線浅草橋駅があり、深夜1時過ぎまで電車が通り始発が5時くらい

なのでうるさくて、且つ振動が伝わってくるので寝れません!?

部屋にあったコップが電車が通るたびにカタカタ言ってました。

浅草橋は人形の町であり問屋街なので平日は活気があります。

これが土日になると人は歩いていませんし静かでした(西口なので)

私が学校から帰宅するとすでに集荷場のシャッターは閉まっています。

ここで問題が発生、私の家!?の前に浮浪者が毎日来ます。

要するにそのおじさんにとっても家!寝床!

短パンのみ、はだしの真っ黒なおじさんが・・・

私はおじさんにこの2階に住むことになったので寝る場所を他に

移動してほしいと頼みました、たまに奇声をあげてるような人が

翌日から引越!?してくれました。

荒井のコミュニケーション能力が開花した瞬間(とき)かもしれません~

浮浪者がいなくなると今度は違う来訪者が、、、

私が1階の手洗い場で洗い物をしていると肩に何かが降りてきた感じが…

神様でも天女でもなく真っ黒がゴキブリ(G)でした!!

当時の山梨県はとても寒かったのでGと遭遇することはありません。

肩の感触がなくなるまで数日かかったような気がします。

その後、ドブネズミ、野良猫も来ましたが、一番驚いた初対面が。

浅草橋に住んでからカラダがかゆいことに気が付きました。

が原因がわかりません、ある日部屋で寝転がっていると何かが、、、

その物体はノミでした!!よく見ると数十センチ跳ねます。

もう無理、マジ無理、こんなとこ住めるわけない!と一度だけ母に

電話したことを覚えています。

母親:嫌なら学校辞めて帰って来いと、、、

私:報告しただけだからと強がる

強く生きると決めた瞬間(とき)がこの電話だったような・・・

続きもブログで!

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